孤独の価値
こんにちは。
森博嗣先生の作品が大好きで、ほとんどすべての著作を読んでいるこむつまです。
最新シリーズの「彼女は一人であるくのか? Does She Walk Alone?」は積読状態なので、早く読んで感想を書きたいと思います。
で、本日は新書シリーズ、「孤独の価値」のご紹介。
まず、幻冬舎さんのホームページに掲載されている本書の紹介文を引用しましょう。
人は、なぜ孤独を怖れるのか。
多くは孤独が寂しいからだと言う。
だが、寂しさはどんな嫌なことを貴方にもたらすだろう。
それはマスコミがつくったステレオタイプの虚構の寂しさを、悪だと思わされているだけではないのか。
現代人は〈絆〉を売り物にする商売にのせられ過剰に他者とつながりたがって〈絆の肥満〉状態だ。
孤独とは、他者からの無視でも社会の拒絶でもない。
社会と共生しながら、自分の思い描いた「自由」を生きることである。
人間を苛む得体の知れない孤独感を、少しでも和らげるための画期的な人生論。
最後の「画期的な人生論」というのは、少し煽り過ぎている印象がありますが、要するに、「孤独」や「寂しさ」は決して悪いものではないんだよということが 本書の主張です。
こむつまも三十路を超して早数年、最近やっと「他人の目」を気にしなくなってきました。
別に周囲の人からどう思われていようと、実害がなければ(石を投げられたり、物を売ってくれなかったり)、それで良いと思えるようになったということです。
むしろ、その方が、静かで良いかななんて。
当たり前ですが、もう少し若い頃はそうではありませんでした。
学生の頃は、こむつまは周りの子に比べ、比較的要領よく学校の勉強ができるタイプでしたので(決して頭が良いという意味ではありませんが)、同級生や先生に「存在」を認めてもらうべく、勉強を頑張りました。
中学でも高校でも良い成績をとることで、「勉強のできる子」というポジションを築き上げ、イジメの対象にもなりませんでした。
つまり、こむつまは自分の比較的優れた能力を磨くことで、孤独になることを防いだわけです。
その後、大学を出て、就職する際も、「一目置かれる存在」になるべく、東京のネームバリューのある会社を選びました。
「世界を変えてみせる」とか、「ナンバーワンになってやる」とまでは思ってはいませんでしたが、周囲に認められる存在になるべく(孤独にならないように)、仕事を頑張り、自己研鑽にも励みました。
そんな東京での気忙しい生活の中で、ある日、ふと、
「何を一生懸命、他人と繋がろうとしているのだろうか?」
「周囲の人間に認められることが目的だったっけ?」
と、疑問に思いました。
そして、
「円滑な社会生活を営むために最低限必要な人間関係のみ維持できていれば、周囲の人間が自分のことを内心どう思っていようと、私の人生には関係ない」
と、考えるようになりました。
そういう風に考えるようになってからは、例えば嫌な飲み会や会合に無理して付き合うこともなくなり、肉体的にも精神的にも健康になりましたね。
同僚から、「そういう生き方って寂しくない?」と聞かれたこともありました。
正直、一人でいて寂しいと思うことも多々ありましたが、悲しくはないし、苦痛でもありませんでした。
さて、本書では、寂しいと感じる時間、孤独な時間こそ、人間にとって非常に貴重な時間だと述べています。
こむつまは、
「あー、これまでの煩わしすぎた人間関係がスリム化されて、静かになって良かった。少し寂しくもあるけどね~」
なんて思ってはいたものの、その時間が自分にとって「どれだけ貴重な時間か」を考えたことはありませんでした。
言われてみると、周囲が静かになって「何」が良かったのかというと、自分一人で静かに活動できる時間、つまり、ぼんやりと将来について考えたり、読書(勉強)をしたり、という時間を確保できたことが良かったのだと気が付きます。
そして、自分の望む「楽しい」将来を目指した結果、結婚して退職して東京を離れ、今では九州でただの専業主婦をしているわけです。
ではでは、See you later, alligator.