「年収は住むところで決まる」らしい・・・
エンリコ・モレッティ氏の著作、『年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学』を読みました。
年収は「住むところ」で決まる ─ 雇用とイノベーションの都市経済学
- 作者: エンリコモレッティ
- 出版社/メーカー: プレジデント社
- 発売日: 2014/04/23
- メディア: Kindle版
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まずはこむつまの疑問点から。
インターネットの普及で世界はフラット化しているのではないか?
経済学者のT・フリードマンだって、インターネットの普及によってコミュニケーションの障壁が低くなった結果、世界はフラット化し、地理的にどこにいるかは重要な問題ではなくなったと主張していましたけど・・・???
それが、「年収は住むところで決まる」だなんて・・・
イタリア出身の筆者は、労働経済学や地域経済学を専門としており、現在はカリフォルニア大学バークレー校教授とのこと。
本書は、1980年代まで「製造業」という分野でアメリカ経済を牽引してきた、デトロイトやピッツバーグといった工業都市が、急速に衰退している現状を紹介するところから始まります。
工業化社会には2つのメリットがありました。
1つは農村で飽和していた農民たちの新たな働き口に工場がなったこと。
そしてもう1つは、工業(製造業)は技術進歩による生産性向上が起こりやすい産業であるため、工場労働者の賃金が相対的に高かったことです。
さらに、大量生産技術が進むと自動車やテレビのような耐久消費財が驚くほど安価となり、工場労働者を始めとした大きな市場が生まれました。
工場が集積し、その労働者や家族を支えるサービス業がさらにその町に集まり、というような流れで工業都市は成長していったわけです。
さて、1990年代に入ると、開放政策に舵を切った中国が「世界の工場」として発展を始めます。
皆さんご承知の通りです。
アメリカの製造業者は賃金が安い中国に工場を移したわけですが、その結果、作るべきものを失ったアメリカ製造業は雇用を縮小し始めます。
パソコンやスマートフォンなどの製造(組み立て)は、現在その大部分が中国で行われていますが、これはもはや単に賃金が安いからでなく、工員が30万人もいる工場がザラという圧倒的なスケールメリットと、緩い労働法制により頻繁な仕様変更や時間外労働にも対応できる柔軟性を持つためであり、筆者によればこの「突然の状況変化に柔軟に対応できる強み」だけでも、先進国の工場はもう中国に太刀打ちできないと言っています。
しかし、スマートフォンなどのハイテク製品の製造工程をもう少し詳しく見ていくと、状況は一変します。
たとえばiPhone。
デザインはアップル(アメリカ)、基幹部品は日本、組み立ては台湾・中国という分業になっています。
つまり、現代、そして未来の産業においては、製造(組み立て)自体は重要なプロセスでなく(つまり世界のどこでもできるということです)、最も重要なのは、今までになかったような新しい商品を考え、デザインし、設計する、という「イノベーション」の部分になります。
これは純粋な頭脳労働であり、簡単には外国にアウトソーシングする訳にはいきません。
アメリカは、自動車やテレビなどの従来型の製造業に代わって、iPhoneやWindowsのようなハイテク製品、コンピュータソフトウエアで世界を席巻しています。
この産業の主役交代がスムーズに進んだため、製造業で減少した雇用は新しい「イノベーション産業」にうまく吸収されているのです。
また、モレッティ教授の研究によると、ハイテク産業関連の雇用が1つ創出されると、その地域では非ハイテク部門で新しく5つの雇用が生まれるといいます。
従って、ある地域の産業を活性化するには、ハイテク産業などのイノベーション産業を起こすまたは誘致し、それに従事する人材を地域に定住させることができれば、後は乗数効果でおのずと他の雇用も増えていく、ということになります。
更に、ここからが議論の肝なのですが、イノベーション産業は従来の製造業と決定的に違う特徴を持っているとモレッティ教授は説明します。
それは、地域における勝者と敗者、つまり大きな所得を得る人と低い所得にとどまる人の格差が大きくなるという点です。
イノベーション産業はきわめて知的な頭脳労働なので、飛び抜けたアイデアや卓越したスキルを持つイノベーティブな人材こそがビジネスの源泉です。
これらの人々は自分を高めてくれる、より優れた人材と一緒に仕事をすることを強く望むような人々です。
そしてもちろん、イノベーション企業も優れた人材を世界中から求めています。
こうした相互補完的な労働市場なため、イノベーション産業は、ある都市、ある地域に一極集中して立地することになるのです。
もう少し丁寧に見ていきましょう。
モレッティ教授は、イノベーション産業は次の3つがあることで、いっそう企業競争力が向上するため、企業はイノベーションの集積地にますます集中するのだと説きます。
1.労働市場の厚みが増す
高い技能を持つ人材がイノベーション関連の職を求め、イノベーション企業も高い技能を持つ人材を求める結果、企業の集積と人材の集積が相互補完的に安定して持続される。
つまり、企業が多いから人材が集まり、その人材を求めてさらに新しい企業がやって来るという循環が生まれる。
2.ビジネスインフラが整う
研究所、大学といった研究開発機関、ベンチャーを起業するための情報網や支援専門家、ベンチャーキャピタル(投資家)といった環境が一気に調達できる。
3.知識の伝播が促進される
高いスキルを持つ人材や企業が集まると、フェイストゥーフェイスの交流が進み、ここが持つ知識がぶつかり合い交じり合ってさらなる創発を生み出す。
このように、イノベーション産業が集積する地域は爆発的に発展しますが、イノベーション産業の集積が低い地域、そもそも立地していない地域はまったく発展から取り残され、さらに衰退していきます。
そして、労働者はスキルや学歴に関係なく、イノベーション産業の集積地に住んでいれば、仕事が得られ、相対的に高い賃金が得られますし、それ以外の街に住んでいると、仕事は見つからず、賃金も低いまま、ということになります。
つまり、収入はその人がどこに住んでいるかで決まるというわけです。
いかがでしょうか?
これがモレッティ教授の説く、イノベーション産業社会という工業社会の次のステージを迎えているアメリカの地域間競争の恐るべき実態になります。
さて、冒頭に揚げたこむつまの疑問。
「インターネットの普及で世界はフラット化してるんじゃないの?」
「地理的にどこにいるかは重要な問題ではなくなったんじゃないの?」
モレッティ教授の説明にもあった通り、現実として、世界のイノベーションの中心地であるシリコンバレーでは、ますますその集中度が強まっています。
うーん。
インターネットの普及による世界のフラット化以上に、イノベーション産業の持つ集積力が強いということなのでしょう。
アメリカはまだ人口減少の局面に立っていませんが、日本の場合、これから人口が急激に減少してきます。
日本ではただでさえ東京にイノベーションが集中している状況にあると思われますが、本書の指摘が正しいければ、その傾向がさらに顕著になる可能性が高いわけです。
結局、同じビジネスをするなら、イノベーションが活発な地域に行った方が圧倒的に有利ということになりますね。
単純に「年収」に価値を置くのであればですけど。
熊本在住の専業主婦には無縁の話かも知れません。
だらだらと書き綴ってきましたが、結論から言うと大変面白い本で、日本も含めたいわゆる先進国の進むべき方向を示唆するものだと思います。
もし時間があれば読んでみてはいかがでしょうか?
ではでは、See you later, alligator.